2008年6月 8日 (日)

徒然なるままに

もう季節は、春から梅雨にと移り変わってしまいました。

時の経つのに、目を奪われている今日この頃です。

間一髪、私の歯が救われました。

皆様、歯は大切ですよね。私も素晴らしい健康食品に出合ったお陰で、肉体は健康にしてあげる事は出来ると、強い信念を持っておりますが、歯は別です。

歯は、悪くなったら絶対に医者の助けが必要だと思います。それもどのようなお医者様と出会うかで、大きく違ってくることを実感しました。

最近は、TVでも歯槽膿漏の話題が結構取り上げられていますが、歯槽膿漏は本当に怖い病気です。

医者によっては、歯槽膿漏になっても磨き方指導をしないで、抜け落ちたらインプラントを勧める医院も多いのではないでしょうか?

皆様、歯槽膿漏は正しい歯磨きで必ず治ります。インプラントは目をむくほど高いし出来得るなら死ぬまで自分の歯でいたいですよね。

私もあるお医者様と出会ったことにより、自らの歯を残すことが出来ました。そしてしっかりと歯磨き指導をしていただき、使える限りは自分の歯で美味しいものを食べ続けようと思っております。

その医院で先日、とても珍しいそして美しい花と出会いました。

名は、「珍志梅」といいます。小さな小さな花が密集しています。真っ白です。その花が名前のごとく、まさしく梅の花びらなのです。

こんな素敵な花と出合わせて下さる先生に、またまた感謝です。

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2008年4月 2日 (水)

徒然なるままに

2008年4月1日 気持を新たにして、ブログを再開します。

今回から、思ったことを徒然なるままに、書いていこうと思います。

お付き合いのほど、宜しくお願いいたします。<m(__)m>

我家の下に小学校があります。ちょうどリビングから大きな桜の木が見えます。まさにこれぞ借景です。今年は例年より少し早めの開花と思われますが、今見事に咲き競っています。その美しいこと、自然の力に勝るものはないと、つくづく思う次第です。

この美しく咲き誇っている桜も、1ヶ月前には枝葉に何もつけない古木でしかありませんでした。私達の目には・・・・・・    でも、見えない土の中では、しっかりと栄養を貯え幹に栄養を送り、自分達の出番を今か今かと待ちわびていたのですね。そして太陽の光と空気で、自分の出るべき時を判断して、あの美しい姿を私達に見せてくれるのですね。

わずかの命と知りながら・・・・・  そして若葉の季節にと移っていくその姿に、自然の摂理に感謝する今日この頃です。

日付が1日から2日に変わってしまいました。

桜とミモザを掲載します。ミモザは見事な黄色の花を付けています。

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2008年2月21日 (木)

天風哲学

 みんなが喜んでる姿をみているうちにね、

 何だかもっとしゃべりたいような気持になっちゃった。

 天風の妻の従兄弟が神経衰弱になった。そこで天風は自分の体験を中心に、力強く生きるアドバイスをした。そこには妻の友人を含めた数人が来ていた。30分の予定がなんと二時間も天風は語り続けた。まだ、大道説法をする前のことだ。

 その時の天風は、疲れを感じるどころかもっと話をしたいと思ったという。

 人間、好きなことをしているとめったなことでは疲れない。するほどに興がのり、楽しみは増す。これが仕事であれば「天職」ということになるだろう。私たちも天風が「もっとしゃべりたい」と思い、人前で人生哲学を説くことを仕事としたように、これだという道を進みたいものである。

 天風は当時別荘をいくつも持ち、重役を何社も兼ねるような「地位」「財産」をすでに持っていた。しかし、すこしも「幸せ」に思えなかったのである。やはり、「天職」といえるほど仕事に打ち込めないのでは、不幸な人生を生きているということになる。たとえ他から「成功者」に見え、幸せそうに思えても、自分が本心から「自分は成功者だ」「自分は幸せだ」と思えない限り、それは本物とはならない。

 他人を喜ばせるような天職をこそ、私たちは求めていくべきであろう。

                                   完

    中村天風の教え 松本幸夫著

       *************

 中村天風の教えも、これを持ちまして完結しました。思えば中村天風の本に出会い多くのことを学ばせて頂きました。この真理をブログでと思い立ち、書かせていただき、少しでもお役に立っていればという思いでおります。

 釈迦もジョセフ・マーフィーも中村天風もすべては、真理を説いているのだと思います。その登り口は違っても、行き着く先はみな同じ真理であると思うし、真理は一つしかありませんよね。

 どの登り口から入るかは、人それぞれ自由だけど、私は天風と出会い天風の大自然を相手にした、人生のあらゆる場で無限の力を活かすという天風哲学に、深い感銘を覚えました。これからも天風哲学を自分のものとして、積極的に人生を生きていきたく思っています。

 この天風哲学の最後の斜線を引いている部分は、"人が幸せになられる事が、自分の幸せにつながる"というまさしく私の求めているそのものだと、確信しました。

 このブログは、これをもちまして終わりとさせて頂きます。

 次回始める時は、新たなブログとして出発します。その時は宜しくお願いいたします。

 長い間、見ていただき有難うございました<m(__)m>

 

 

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2008年2月20日 (水)

 天風哲学

 人は自己のために活きると同時に

 亦 つねに人の世のたねに活きることを忘れるべからず

 天風の人生成功哲学を「積極的に生きること」「心構えを常に積極的であらしめること」「理想を現実化すること」とだけ考えてしまうと、いわば「利己」的な人生観だともとらえられかねない。インドで修行したり、軍事探偵で生死の境をくぐり抜けたり、病を克服したりと、表面だけ見ると「自分だけの」人生を生き抜いたように感じる人も出てくるだろう。

 しかし、大正八年に大道説法を始めた時に、すでに「個人」としての天風はそこにいなかった。「自分のため」を考える天風ではなくなっていたのである。

 社会的な地位や財産を投げ捨てた時「利己」でなく「利他」を志す天風が誕生したのである。自分は人生を生き抜く確固たる指針をつかんだのだから、できる限り多くの人にも同様に、人生を強く生き抜いてほしいのだという願いを抱いた。いわば世のため、人のために生きる人生をそれから後50年歩んだのである。

 もちろん、目標を追求して、自己の能力を高めていくような「自己のため」に生きることは欠かせない。が、同時に他人のため、世のために生きていくのだということもおろそかにしてはいけない。

    中村天風の教え 松本幸夫著

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2008年2月12日 (火)

天風哲学

 他人の気持や言葉又は事件や病という様なものに

 心を脅かされたり圧倒される人があるとしたら

 心身相関の真理を正しく理解せぬ人である

 心と身体は一つのものであり、心の変化はそのまま身体にも影響する。怒れば顔が赤くなったり、恐れで胃が痛くなったりするのをみればよくわかる。だから、心の平安を考えよと天風哲学では説くが、ここでいう心身相関にはもっと広い意味がある。つまり、心と身体の関係だけについて述べたのではない。心は人生全体に影響するということである。

 人生に対する「精神態度」が人生の幸、不幸を決めるというのが天風の信念であり、このことは言葉をかえて、常に繰り返し説かれてきたことである。

 進化と向上を成していくのが人間の使命であると天風哲学は教えている。そのためには、積極的な「気」を量多く大自然から取り入れる必要がある。その気は、心と同化する。つまり、精神態度が積極的だと、それに比例して「気力」も高まる。

 他人の言動に左右され、やれ災害だ、病だと心を消極的にしてしまうことは、この気の力を弱めることになる。それは、価値ある人生をわざわざ価値低く生きることと同じだ。どんな時にも、心が人生を築くのだということを忘れずに、何事にも左右されず、強い人生を生き抜くことだ。

    中村天風の教え 松本幸夫著

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 先日、アロエベラのグループで洛西にある“ふれあい会館”に一泊のミニ旅行をしました。殆どが近隣の人達ですが、よく10回のお茶飲みより一回のお泊りといわれますが、夜皆様で一部屋に集まり、色々と本音でかたり合えたのは、本当に意義深いもののような気がしました。

 翌日は、嵐山から嵯峨野の方面を皆様と一緒に散策して,奥嵯峨Img_6366_1_1 にある"人形の家"にも行きました。多くの江戸時代のお雛様にも出会いましたが、こんな鯉にも出会いました。

 何年か前に人面魚というのが、騒がれましたよね。なんとこの人形の家の池にもおりました。近寄った所をパチリと撮りました。皆様人の顔のように見えませんか?

 本当に楽しいひと時を、皆さんと過ごせた事に感謝します。 

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2008年2月10日 (日)

天風哲学

 何人と雖も反省を人に強うる権利はない

 反省という事は自分自身に粛やかに為すべきものである

 他人を責めずに自分を責める、天風の教えの一つである。私たちは、ややもすると「あの人が悪い」「彼のせいでこうなった」というように、他人に責任を持っていきがちである。

 反省についても同様だ。天風は、反省はあくまでも自分主体に行なうもので、他人から強制されるものでないと説く。他人に反省を強制しないためには、まず物事は「自分に責任がある」と考えることだ。

 いつまでも環境や他人のせいにしていては、自分の能力は伸びていかない。たとえ万一、他人の責任であったとしても、それを解決して良い方向に向わせるにはどうするかを、肯定的、建設的に考えることである。 

 天風のいう反省の定義は、本心良心に反映させて現在はどうなのかを熟考するということだ。つまり見えや外聞を捨てて、本音で自分の言動を省察していくのである。

 そして、反省したならそれを「建設的」にとらえていく。つまり、「こうすればもっと良くなる」と考えていくことだ。「ああすれば良かった」「しなければ良かった」と過去に目を向け、否定的に考えないよう心がけたい。

    中村天風の教え 松本幸夫著

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2008年2月 3日 (日)

天風哲学

 平素小食習慣をつけて置くと、すべての場合、利益効果が多い。

 天風哲学は、HOW TO  DOを教える。だから、「食生活に注意しましょう」といわずに、「食物性食品を7、動物性食品を3の割で食べること」と具体的に説く。ここでは「小食」を天風は勧めている。小食にするにはどうしたら良いのか、それも天風は具体的に説く。次の二つを行なえば良いのだという。

 1. 出来る限り咀嚼を完全にすること

 2. 二食主義励行のこと

 つまり、よくかんで一日二食にするということだ。栄養に注意する人は多いが、「どのように」食べたらよいのかについてはあまり考えない。よくかむということは、必然的にゆっくり食べることになり、少ない量で空腹感を感じることに通じる。

 さらに、食事の時には心の平安を心がけることにも天風は言及している。怒ったり、心配しながら食べるなということである。

 「成人病」も、栄養過多が原因になっていることが多くある。この飽食の時代に栄養不足で悩むようなことはまずない。二食で十分というつもりで小食を心がけていきたい。

    中村天風の教え 松本幸夫著

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現代の食生活

 今の日本は、本当に飽食の時代だと思います。

 でも皆様、お野菜の力が弱くなっていることは、ご存知ですか? ほうれん草のビタミンAは、20年前と比べると20倍も減少しているといわれています。これは、ほうれん草だけではありません。トマト、にんじんその他の野菜も同等です。

 これは、野菜を作る過程が全く変わってしまった結果なのです。昔は、何でも旬の物しか食べられなかったですよね。今は四季を通して口に入りますね。

 路地物がなくなり、ハウス栽培が主流になったからです。でも考えたらハウス栽培では太陽の光が遮られるのですね。ビタミンは、太陽でしか作られないのです。だからお野菜からビタミンが激変しているのも納得がいきますよね。そしてミネラルは、土からしか取れないのですよね。昨今のように、化学肥料によって作物が大きくなっているのを思うと、本当に怖いですよね。

Aroevera  私が今、身体に取り入れている健康食品があります。それは、アロエベラというアメリカのテキサツ州で栽培されている植物です。

それには今欠乏しているビタミン、ミネラルを多く含んでいます。これから、こういう多くの微量栄養素を身体に、入れなければならない時代になっているのだと思います。アロエベラに出合った事に、幸せを感じます。

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2008年1月31日 (木)

天風哲学

清濁を併せ呑むという事の出来得ない人は

 広い世界を狭く活き調和ある人生を

 知らず識らず不調和に陥れる人である

 ここで天風が説いているのは「人間その関係」についてである。

 私たちは、自分の尺度に合わない人に出会うと、頭から受け入れようとしない傾向がある。また、誤ちについても同じだ。自分だけは正しいと考える。こんな戯れ詩がある。「徹底追求、他人の誤ち。笑ってごまかす自分の誤ち」

 自分だけが正しいのだという狭い了見でいると、その枠外のものは全て否定することになる。これでは自由な発想もできないし、第一、人間的な成長が望まれない。成長とは、ある意味では古く固まった考えを壊していくことである。

 顧客であっても友人でもあるいは家族に対しても、たとえあなたの尺度と合わなくても「受け入れること」「認めること」を心がけよう。そうするだけでも、人の輪は広がり、生きる世界も広くなる。いわゆる教条主義的、排他的な付き合いでは、世界は狭くなってしまう。

 自分の尺度のみで生きると、当然、衝突が起きる。これは不調和そのものであろう。人生とは調和することであり、調和イコール美と天風は説いた。美しい人生を生きるためにも静濁併せ呑むだけの度量ある人物となろう。

    中村天風の教え 松本幸夫著

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2008年1月29日 (火)

天風哲学

 苦を楽しみに換へる事の出来ない人は

 人のよろこびを吾が悦びに為し得ぬ人と同様で

 謂はゆる凡庸下俗の人である

 大きな災害に遭ったような時、私たちは「何が本当に大切か」に気付く。今まで物質本位の生活をしていた人も、まず「生命」があってこそ全てに価値が生じるのだとわかる。

 だから、生きていることの「感謝」から人生を始めることである。少々の不平不満も、今いきていることは幸福だと思ったら、楽しみになる。生きているからこそ苦しむこともできるのだと、発想を転換してみると「人生は苦である」というのが、たちまちにして「人生は楽しみである」となる。

 人類は皆、同室のもの、つまり兄弟であり姉妹である。あるいは同じ一人の一部である。

 それなら、他人が喜ぶということは、イコール自分の喜びにもなる。「自分と他人とは別」と考えてはならない。私たちは皆、同じ力の一部であると考えることだ。

 人が喜ぶことを恨んだり憎んだりするのはやめて、共に喜び、共に楽しむこと。それが心の栄養にもなる。

 そうできない人が凡庸下俗の人なのだと天風は説くのだ。

    中村天風の教え 松本幸夫著

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P1000003 3月3日は、桃の節句。先日から苦心さんたんして、この屏風のお雛様を作りました。苦労して作ったものは、ひとしお可愛いですね。もうすぐ他家へ行ってしまうのかと思うと、何だか惜しい気がする今日この頃です。

 きっと娘が、嫁ぐ日にはこのような心境になるのでしょうね。

 

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2008年1月27日 (日)

天風哲学

  神や仏というものは、

  崇むべきもの、尊ぶべきもの、

  いわゆる尊敬するべきもので、

  頼るべきものじゃない。

 天風哲学では、自分の人生は自分で切り拓くことが大前提となる。「人に聞かなければわからない仕事はするな」というのも同様である。しかし、それは「自分だけがよければいい」という利己主義や、自分が一番だという、うぬぼれとは全く別のものである。

 天風は、講演では人間は一人で生きられるものではない、と繰り返して説いていた。だから、人が協力して生きることを否定したのではない。良いものはどんどん模倣しろとも勧めた。自分より優れたものは吸収し、学んでこそ成長できるのである。

 天風がとくのは、「頼る」こと、神仏に「お願いします」と助けを求めるようなことは好ましくないということである。天風哲学では、私たちは自分自身の内部に「潜在能力」といういわば眠れる力を所有していると教える。ところが、神仏に頼るような生き方をしているといつまでたってもこの力が開花しない。自分の人生はじぶんで切り拓けというのは、潜在能力を発揮せよということである。

 神仏は敬すれども、頼ってはならない。頼るのは自分の力であり、それは自分につながる大自然の無限の力、「気」でもある。

    中村天風の教え 松本幸夫著

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                 P1000004_3 

 今日は、タカラヅカ星組の和涼華様が、カフェブレークに出演されました。

 ヤクルトの古家前監督の奥様である中井美穂様の司会で 毎週タカラヅカの方が出られるのですが、今回は我フアンである和様の登場という事で、楽しく番組を見ておりました。

P1000005 最後に、今回東京公演で行なわれている 和様の役からどういう言葉をイメージするのか? それを色紙に書かれます。

 今回の和涼華様の役は、悪役でキャプテンブラックという役でした。彼女はその役から、男気という言葉を書かれました。

私もその舞台を見ましたが、多くの部下を引き連れた和涼華に男気を気を感じたのは、やはり彼女の並々ならぬ思いが、演技に出ていたのだと、改めて思いました。

 

   

                              

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